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患者様の声

ブリッジが入り、両方で噛めるようになった

2013/04/25

No.93           H11.9.3
性別:男性
年齢:51歳

歯科治療の感想文を書く時に、起承転結の起の部分は、自分の歯の治療ヒストリーと他人には理解できない精神的、肉体的なバックグランドを説明する事だと思う。歯科治療を開始するに当たって、患者が説明しない限り歯科医は患者のその様な、バックグランドを聞く義務もなければ、暇も無いと思う。

医学会でインフォームドコンセントが話題になってから、数年が経過しているが患者の立場では、市井の医者に浸透しているとは、まだ思えない、旧態依然の一方的な治療がまだ多いような印象を受ける。患者が何を医者に期待しているか黙って診察台に座っている限り分からない。患者はまさしく死刑を待つ死刑囚の気分で診察台に座っているように思える。そんな神の領域に片足を突っ込んだ尊敬すべき医者にものが言える機会はまたと無い。思いの丈を全て吐露したいと思う。

以下、歯の治療ヒストリーからスタートしたい。
私が、高校野球児であった時、ノックのボールがイレギュラーし顔面を直撃、気がついた時は前歯が根元からすっ飛んでいた、前唇にも裂傷を受け、歯科医が麻酔もせず、(麻酔をしないほうが早く治癒するから、少し痛いが我慢しろと言われ)頭を押さえつけて2,3針縫った、この痛さは30数年たった今でも印象に残っている。これが、歯科医にお世話になった最初の経緯である。

2回目に歯医者にお世話になったのは、まだ多感な羞恥心の旺盛な青年だった時、前歯の銀歯が気になって、自然色の歯に変更、ボーナス1回分のコストだったが、出来栄えは大変満足でした。豊田市駅前のT歯科でした。
親から貰った丈夫な歯はその後、支障なく順調に年を重ねた。親知らずを抜歯した以外特に、歯科医のお世話になる事はなかった。

42歳の時、仕事の関係でイギリス駐在が決まり、赴任前に歯科の検診を受けた。豊田市のO歯科で受診したが、虫歯が7本見つかり治療を受けた。自分では支障がなかったのですが表面のエナメル層を削り、一生もつと言われた銀色のメタル(材質は分からない)を埋めた。

英国駐在の2年目に神経を刺激する様な、ピリピリ感を感じ始めた。ご飯の様な全体に面圧がかかり、且つ柔らかいクッションになる食べ物は問題なく、野菜のような噛み砕く時に集中応力のかかるような食べ物でピリピリ感を感じた。帰国前は、右側の奥でしか噛めない状態までになった。

帰国後、早速、O歯科に行ったが、原因が分からず、核心をついた治療が期待できず次に自宅近くのM歯科に行き、そこでも、ブラッシングしか治療を受けず、岡崎のK歯科にたどりついた。各歯科で原因が分からなかったのは、レントゲンを撮っても、微細な隙や不具合を検出できなかったと推定されるが、少なくとも、埋めていた金属を外して原因を見て欲しかった。

K歯科は金属は取り外しして、神経を取り本格的に治療を実施してくれた。7本の歯は全て、縁が薄くなった臼状の脆い歯に変身していった。ピリピリ感が消失しやっと通常の生活の食事が出来るようになり、精神的なストレスも軽減した。

しかし、安心したのは、つかの間
“臼状に削られた歯に埋めた(接着した)金属は次々に脱落し、歯医者に通う事が日課になってしまった。これが日常茶飯事になると、金属が外れても、痛みが無いため、(神経を取っている)無頓着、横着になって心のスキが出来てしまった。

そんな’99年、正月4日に、金属の脱落しいた左奥歯でつい、硬いものを噛んでしまった。ミシリと嫌な音と鋭い痛みと共に、取り返しのつかないミスを犯してしまった自分を発見。K歯科から割れているが、もう少し様子をみて抜歯するか、出来れば抜かずに治療したい旨を伝えらたが、遅々として治療が進まず、歯科医への信頼が崩れていった。もし、接着した金属がこうも容易に外れなかったら、もしイギリス赴任前にエナメル質を削られなかったら、・・・・・・もし、もし

結局、岡崎市民病院の口腔外科っで診察を受けた。結果は抜歯するとしか無いとの事で、会社の近くの歯科で相談した所、割れている歯を鏡で動かして見せて頂き縦に間二つに割れているのを初めて見せて頂いた。十分に納得しその場で抜歯して頂いた。ちょっとしたきっかけで、2本目の歯を失った。

抜いた歯の周囲に頑丈な骨が残っており、会社の近くの歯科医で削る事も考えたが、抜歯した時の痛み、左上奥歯の羽口の腫れの時の治療が痛かった事など継続して通院する事の不安が募り、職場の同僚に良い歯医者を知らないかと相談した所永覚歯科を紹介してくれた。同僚の弁では、口は悪いが腕は良い、本人っは東京っで稼げば倉が建つほど儲かる腕をもっている自画自賛しているとの事、思い切って行ってみる事にした。

永覚歯科での印象は先ず、待合室に健康器具がおいてあり、第一印象は良かった。また、噛み合わせの重要性を説明したビデオを貸与して頂き、他の歯医者ではなかった新しさを感じた。

私は”仙腸”関節を調節し背骨を真っすぐに矯正する金魚運動を自動で行う器具を購入し、背骨の湾曲の矯正を行っていた事もありまた、TV番組(確か2000年Xファイルの番組だった)で歯の噛み合わせが悪く歩けなくなった女高生の例が放映されていたのを記憶していたが永覚歯科で噛み合わせの重要性を強調している事に、非常な親しみを覚えた。

治療が始まって、先ず抜歯した所の顎骨の切削前に、左上の奥歯の治療を開始した。顎が外れる程、大きく口を開けさせられ、途中、横着をして口の開度が小さくなった時”もっと開けて、治療が出来ん”とうとう強制的なマウスオープナーを口に引っかけさせられた。頭に血がのぼり、途中で余程、引っぱがして帰ろうかと思ったが、神には逆らえない、ポカンと馬鹿な大口を開けている自分を、もう一人の自分が見つめている。そんな事も無頓着に大きな手で口の中を掻き回している神の形相をした人、

いよいよ、左下の抜歯した歯をグリップしていた骨を削る事になった。なぜか神は楽しそうに見える。
心配そうな顔をしないでも大丈夫だ”と言うが血圧が上昇する、あの時の様に。

30代の後半に副鼻腔炎の手術をK病院で受けた。最初に右側の鼻の骨を削り、1週間後にまた真ん中の鼻梁の矯正っで、また1週間後に左の鼻の骨を削る手術を受けた。最後の手術前、精神安定剤をうってもらっても恐怖からか血圧が上がって心臓の動悸が暫く続いた。
“麻酔が効いて、思っていた程の苦痛はなかった。豪語する腕を見せてもらった気がした。やっと、削れた歯茎のリカバリーに1ヶ月、抜糸も出来、いよいよブリッジが入る。これで、8ヵ月振りに左でも噛める。嬉しさがこみ上げる。

まだ、左で噛むと違和感があるが噛める。お陰さんで噛めるようになった。ご飯のような弾力性のある食物は完全に噛める、野菜の様な集中荷重のかかる物はまだ違和感ある。何故か?
K歯科で治療した左上の歯が痛むのか?右だけで噛んでいた時にもK歯科で治療した右上の歯が痛む事があった。今は小康状態で痛くない。

右ばかりで噛んでいた時に自宅で金魚運動器具を使って背骨の曲がりを矯正していたが、右の顔面の筋肉、首、肩の筋肉のアンバランスは生じていると思う。
ブリッジが入ってから、噛み合わせを神に調整してもらった。もともと野球肩で右肩が下がっている。

鼻が悪い事に起因する喉の弱さ、風邪をひきやすく、その点、歯科では治療は苦痛である。胃腸が弱く口内炎が頻繁にできる。バキュームのホース口で歯茎を傷付けるとそこから口内炎ができる。胃腸が弱い事で、腰の鈍痛、風邪を引きやすい事で風池(首の横の窪み部)風門(肩甲骨横)天中(首の真ん中の窪み部)のコリが良くでる。

今後も、神のご機嫌を損ねないように、神が故意に手を滑らさないように従順な患者でいたい。一方、医は仁術、神の慈悲を、優しい顔、思いやりのある事、和顔、愛語で発展間違いなし。

8月は夏休み、暫く、歯の事を考えたくなかったので(多少の不便はあっても)歯の治療も夏休みにした。また9月から通うつもりである。医食同源の言葉通り、良い食べ物をしっかりと咀嚼し、健康を保つため、歯が基本、この様に重要な歯をしっかり磨き、生涯、最低20本の歯は残したいと思う。

週間ゴルフダイジェスト連載の塩谷信男翁(90歳を超えても元気印の医学博士)の記事を愛読しているが、腹式呼吸(翁の命名で正心調息法と言う)で健康(若さ)維持と、翁の説では歯の健康に酸素(深い呼吸による)が効いているとの、自分の歯を20本確保、また、黒松の葉を時々、噛む事も健康法だと紹介していたので、苦いけどトライしてみた。

論語にある様に”四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳にしたがい、七十にして心の欲する所に従い、矩をこえず”
私も五十になり、天を怨まず、人を怨まず、自然に身を任せて生きていきたいと思う。老ライオンの歯が抜けて、狩りが出来ず、前足をガクリと折り曲げ朽ち果てるまで、それまでは歯を大事に、狩りを続けよう。


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